才蔵が駿府に来て4ヶ月が経とうとしていた。
家康の長寿祝いの席での失敗以来、家康に近づくことはおろか、
駿府城に侵入する機会さえ次々と費え去っていった。才蔵は今、家康暗殺という目的のため五感を絶つ修行に務めている。そんな才蔵を
お国は心配する。
黒夜叉が才蔵の隠れ家をつきとめた。才蔵とお国は大凧に乗って風魔の包囲網を脱出する。その頃
俊岳は、
板倉に
幸村を討つべしと進言するが一蹴されてしまう。板倉の命令に逆らえない俊岳は感情的に怒りを
獅子王院にぶつける。獅子王院は板倉に直接幸村暗殺を願い出るが、逆に
青子を連れ出すよう命じられる。そして再び才蔵を追いたい青子は獅子王院とともに大納言家を出奔し、東に向かう途上にあった。お国に俊岳からの密書が届けられる。そこには名古屋で正式に娘として披露したいとあり、鳥居家の鑑札が添えられていた。驚き戸惑うお国。大坂では
片桐且元が駿府から家康の内意を持ち帰っていた。その内容は、大坂城の明け渡しと
淀殿の下向。
大野修理はついに戦さを決意する。そして牢人に頼ることを嫌い、豊臣家譜代の
西国大名の入城を求めた。
隠岐殿はいずれ牢人に頼らねばならぬ時が必ず来ると、
佐助に牢人たちに戦の準備をと伝えさせた。旅路の青子はなにかと獅子王院を悩ませる。そんな無邪気な青子と接するうち、獅子王院の中で何かが変わり始めていた。青子もまた獅子王院に対する気持ちが変わり始めていた。「なぜ笑顔を見せぬ?」青子は聞くのだった。10月1日、家康は豊臣家征討命令を発した。いわゆる大坂の陣のはじまりである。大坂では一向に入城しない西国大名をあきらめ、ついに
真田幸村の入城を求める使者を
九度山に送る。そして10月9日、幸村は
大坂城に入った。2日後の11日、家康は駿府を発った。才蔵とお国も家康を追う。その頃、青子と獅子王院は空き小屋で雨を避けていた。青子は獅子王院の死んだ妹のことを聞く。そして自分も大奥に入れば一人なのだとつぶやく。聞きながら獅子王院の脳裏に、青子を無事名古屋に届けたら目をかけてやろうという板倉の言葉がよぎる。家康は
田中城に入った。才蔵は守りの薄い田中城に忍び込み、ついに家康の寝首を掻いた。しかし才蔵が殺したのは家康の影武者だった。他に何人のも影武者が田中城におかれていた。そしてその才蔵の所行をあざ笑うかのような立札まで立てられる。地団駄をふむ才蔵。そんな才蔵にお国は名古屋で助力すると申し出る。
名古屋城で家康の九子
義直の婚儀お披露目があるのだ。才蔵とお国、そして青子と獅子王院は名古屋を目指す。